このエントリーをはてなブックマークに追加
「たむらステークホルダー諮問委員会(TSAC)の構築と リエゾン精神医療の導入の試み」
 平成23年9月20日作成
 私たちAFTCの所に、8月下旬に京都大学放射線生物研究センターより一冊の手引書が届きました。手引き書は「長期汚染地域の住民のための放射線防護の実用的手引き」※1と言い、京都大学放射線生物研究センターにて翻訳され放生研ニュースレターの増刊号として発刊されたものです。

原本は、チェルノブイリ原発事故の事故後の高濃度汚染地域に住む住人や医療関係者の現実的対応、そしてその他の関係者の教育目的のために、ベラルーシ、英国、フランス、ドイツの4つのステークホルダーから40名が参加して作成された手引書です。

驚いたことに、この手引書に示されている内容は、私たちが原発事故以来ずっと活動してきた事と目標のすべてが網羅されていました。

そして、注目すべきは「ステークホルダー諮問委員会」という組織が提示されている事でしょう。この組織の役割こそ、私たちAFTCが中心的存在を担わなければならない本来の仕事と言えるからです。

それでは、ステークホルダー諮問委員会の解説をします。

簡単に言うと、地元の情報センターと言う位置づけになり、市民の皆さまの様々な疑問に答えてくれる機関となります。医療分野および放射線(能)測定関係からのデータを収集する役割も担っています。以下に、その役割の詳細を示します。

・住民や土地、食品の地元の放射能汚染状態のデータ集計と統計的分析

・医療従事者へ分かり易い統計情報の提供

・医療従事者と計測組織の活動の協調性の強化

・地域への放射能汚染に対する正しい対応のアドバイス

・関係団体への情報を提供や各種メディアを活用して地元・地域・国家レベルまで情報を
 開示する

・放射線(能)計測組織の監督 計測技術者の訓練、計測装置のメンテナンス 等

 委員会メンバーは、幅広い技術分野から構成され、既存の団体や組織に依存しても良いし、独立していても良いとされています。ただし、委員会の活動は純粋に技術的な事柄に限らず、行政、(地元・地域・国家政府)や関係専門家との協調も含まれます。
よって、委員会には、行政からの代表、地元で選出された代表、NGO等の代表をメンバーに加える必要があります。

ステークホルダー諮問委員会の活動は、市民の皆さまの内外被曝による健康被害ばかりか、精神的健康被害を未然に防ぐという重要な役割の一端を担う様になるでしょう。さらには、差別や偏見等の風評被害をも払拭することも期待出来るでしょう。

 これらを踏まえ、私たちAFTCは、今までの活動から、たむらステークホルダー諮問委員会;TSACの構築を次の目標としています。

この手引書においては、医療従事者(医師、看護師、病院職員、薬剤師、心理学者、校医、産業医)の連携の重要性を謳っています。

ここで、田村市に置ける今後の医療の在り方を考えてみましょう。
比較的放射線量の低い地域が多い田村市において、現時点で放射線(能)による内外被曝被害より、精神的被害が大きな問題となりつつあります。道路や校庭、公園などの除染も、実質は精神的被害を予防する方法と言う捉え方も間違いではないでしょう。

この現状を踏まえると、福島第一原発から40q圏、30q圏、20q圏を抱える田村市民にとって放射線科と精神科の設置は必須と言えるのでしょう。これは、福島第一原発から近いから危ないと言う風評を払拭し、さらに、安全から安心への観点からも重要なのです。

 視野を広げて見ると、田村市が福島県の中通りと双葉郡の中間にあり、さらに福島第一原発に非常に近い位置関係は、特異な地域となります。

特に、放射線科と精神科の2枚看板の医療体制を田村市に置くことにより、福島第一原発で働く事故処理作業員(リクイデータ)の人々の内外被曝の治療を迅速に対応することが可能になり、さらに放射性物質が降下した時、放射性ヨウ素に被曝した人々の将来に渡る健康管理や調査も出来るでしょう。

同時に、現在もっとも重要視されている、被曝した事故処理作業員(リクイデータ)や高濃度の放射性物質に被曝した人々の効果的な心のケアにも、一時的ではなく長期的なケアが可能になります。

比較的線量の高い地域に住む妊婦さんや幼児、乳児のお子様を抱えるお母さんたちにとっても同様の対応が出来るでしょう。

 この根拠の一つとして、田村地域が高線量の地域に隣接していながら比較的線量が低いと言うことに加え、ステークホルダー諮問委員会の協力体制が備わっていることが、心のケアには欠かせない条件と言えるからです。

もし、この医療体制が確立すれば、田村市は極めて重要な医療拠点としての役割と同時に、安全と安心が約束された子育ての地域となるでしょう。

 現在、双葉郡に隣接する田村市が福島第一原発から20q圏内の人々や放射線量が高い地域から避難してきた人々の受け皿の設置に必要性が迫られている以上、単に仮設住宅を設置するのではなく、上記対応は早急にしなければないでしょう。

実際、チェルノブイリから140q離れたキエフでは、避難して来た300人の家族と元々キエフに住んでいた母親300人の統計の比較報告※2では、

事故後11年後 抑うつの発症の母親(避難者) 44% vs 30%(元々キエフ在住)

事故後19年後 抑うつの発症の母親(避難者) 29% vs 19%(元々キエフ在住)

また、下のような報告もあります。※3

「被害者は、事故後の精神への影響は将来にわたるやるせなさと自己統制感の欠如をもたらしました。このことは、健康への過度の関心、あるいは、反対に、飲酒や喫煙、放射性セシウムのレベルが高い地域で採れたきのこやイチゴ、鶏肉の消費など健康を顧みない行動を引き起こしています」

つまり、心のケアが田村市民や避難民にとって極めて重要であることが言えるでしょう。それは精神医学の対処療法だけでなく、予防医学としてのアプローチが重要となります。
以上のことをまとめると、この手引書を踏まえて、さらには福島県の現状を加味すると放射線科の充実に加え、リエゾン精神医療※4の導入が適切な医療分野となります。

事実、2011年9月11日と12日に「放射線と健康リスク―世界の英知を結集して福島を考える―」が福島県立医科大学にて開催され、セッション4※5において、エヴェリン・ブロメット女史は、スリーマイル島原発事故後のPTSD(ストレス障害)として薬物依存、自殺、抑うつの発症が増加し、その中でも被曝したのではないかと言いう思い込みが精神疾患に繋がっており、内外被曝による被害より精神疾患の方が遥かに問題は大きいと報告しています。

ブロメット女史は、チェルノブイリから140q離れるキエフにて調査を行い、結果として、母親、子ども、事故処理作業員(リクイデータ)の3者に精神疾患がはっきりと認められ、原因として、人々は政府機関への信頼を失っていたことに加え、一部の医師のトレーニングを怠ったため、妊婦が被曝後の胎児に奇形があるかも知れない等の偏見を持った医師からリスクを受けてしまった事実もあると言及しています。

この点は、チェルノブイリでの失敗の一つで、福島では絶対に繰り返してはならないと提言しています。
注目すべき点として、アベル・ゴンザレス氏※6は、ブロメット女史の講演後、チェルノブイリでは差別や偏見があった事を指摘し、その重要性を質問しています。
ブロメット女史は、それを認め、母親たちが差別や偏見の対象になった事実を強く訴えており、講演中でもこのリスクが精神疾患の原因の一つであったと報告しています。

ブロメット女史が提示した問題点の解決策の一つとして、リエゾン精神医療が既存の医療体制から選択できるでしょう。リエゾン精神医療による心のケアは、不安を解消するための受け皿として、しっかりとしたネットワークが必要というブロメット女史の報告にも沿うものでもあるからです。

 これらを受けて、AFTCは、ステークホルダー諮問委員会の構築以外に、リエゾン精神医療の組織作りの架け橋も取り組んでいます。もし、私たちの新たな取り組みに賛同して頂ける組織、団体、個人がおられましたら、是非ともご協力をよろしくお願い申し上げます。

 最後に国際会議終了後の記者会見でエヴェリン・ブロメット女史は「政府や医療関係者がやろうとしていることと住民が求めていることの間には明らかなギャップがあり、対話を進める必要がある」と述べています。私たちAFTCはこのギャップを情報格差と考えています。放射線(能)の問題は、極めて複雑で、共通言語も限られています。よって、私たちの活動の様な正しい情報発信がこのギャップを埋める方法の一つとして捉えることができるのです。この事は、私たちAFTCの活動意義が、ますます重要になっていると自負しなければならないでしょう。
文責 AFTC副代表 半谷 輝己 

※1 長期汚染地域の住民のための放射線防護の実用的手引き
    http://www.rbc.kyoto-u.ac.jp/Information/bougo-tebiki.pdf
    ベラルーシでの実践を踏まえた住民と保健専門職向けの資料(上記資料原本)
    http://www.ec-sage.net/members/WP4_Handbook.pdf

※2 Adames.RE, et. al. PsycholMed 32:143-156, 2002.
    Bromet.EJ et. al. Environ Health Perspect110: 625-629,2002.

※3 チェルノブィリ事故による健康影響の概要:その全体像
    http://trustrad.sixcore.jp/chernobyl.html

※4 臨床・コミュニティ心理学―臨床心理学的地域援助の基礎知識
    山本 和郎, 箕口 雅博, 原 裕視, 久田 満 著

    リエゾン精神医療とは

    総合的な精神医療体制であるリエゾン精神医学とは、医師を頂点として看護師・薬
    剤師・臨床検査技師・理学療法士・作業療法士がその統制に従う伝統的なピラミッ
    ド 型医療システムではなく、医師・看護師・薬剤師・技師・医療事務・福祉士などが
    並列的に結びついて機能的な役割分担による協働(collaboration)を行う医療システ
    ムのことを意味しています。

    そして、リエゾン精神医学の概念は、薬物療法主体の臨床実践(診断と治療)に限
    定されるものではなく、エビデンス・ベースド(evidence-based)な医学研究、患者へ
    の適切な情報提供と生活指導(コンサルテーション)、ストレス・コーピングを上達さ
    せて 再発を防ぐ心理教育、重症の精神障害者への精神保健福祉的な支援、メンタ
    ルヘルスの維持向上を目指す予防精神医学的アプローチを含むものになっていま
    す。

※5  「放射線と健康リスク―世界の英知を結集して福島を考える―」 セッション4
     「チェルノブイリ原発事故の心理的影響」
    ニューヨーク州立大学ストーニブルック校 エヴェリン・ブロメット女史

※6 「放射線と健康リスク―世界の英知を結集して福島を考える―」セッション6
    座長 :国際放射線防護委員会アルゼンチン核保安局 アベル・ゴンザレス氏

Back  Top