「福島県放射線健康リスク管理アドバイザーの 山下俊一先生へ」
 
平成23年10月7日作成
「ぜひ福島の皆様方に安心と安全を伝えたい」
「ただちに健康に影響はない」
「外出時にマスクを着ける必要はない」
「子どもが外で遊んでも大丈夫」

そして

「いったいどこへ避難しろと言うのですか」

3月中旬の福島第一原発事故後から5月にかけての山下先生の発言です。
アメリカ政府の原発50マイル(80km)圏外への退避勧告が発令されていた最中、
当時、私を含め多くの福島県民がこのまま福島に住んでいて良いのかどうかさえ
分からない状況下で、これらの発言が、まともな人間の発言とは思えなかったでしょう。

私を含め多くの人が、その言葉の重さとなれば、
全く理解できるはずがありませんでした。
言葉の上辺だけを見た私は、山下先生を否定したのです。

ところが、様々な文献を読み、放射線を学び続けていると、
どんどん山下先生の言葉に近づいて行く自分がいました。
でも、最後の一言だけは、どうしても納得がいかず引っ掛かっていました。

「いったいどこへ避難しろと言うのですか」

7月9日のAFTC主催の市民集会のパネラーとして
福島県立医大緊急被曝室の宮崎先生へ出席依頼に出向いた時にも、

「山下先生の福島県への貢献度は素晴らしいのですが、あの言い方はないでしょう」
と苦言を伝えたぐらいです。
山下先生が福島県立医大の副学長に就任の方向への新聞報道があった日の事でした。

そして、9月11日、12日に福島県立医科大学にて行われた国際会議※1
「放射線と健康 リスク−世界の英知を結集して福島を考える」での事です。

米国ニューヨーク州立大ストーニーブルック校の
エヴェリン・ブロメット教授のスティグマ(汚名)の解説、
国際放射線防護委員会アルゼンチン核保安局 アベル・ゴンザレス氏の
「恥」と言う日本人特有の概念をどう克服できるのかという質問。

そこには、放射線の恐ろしさ以上に、差別や風評から生じる精神疾患の悲惨さや
問題点が議論されていました。

しかも、私たち日本人を救うための研究をするにあたり
準備万端であることが伺える内容だったのです。

彼らは、チェルノブイリから140q離れたキエフの現実を、私たち福島県民に伝えようと。

チェルノブイリ原発事故の19年後、
被曝した事故処理作業員(リクイデータ)の多くが精神疾患へ、
避難した29%の母親が抑うつのままでいたと言うデータを示しながら。※2,3

そこには、チェルノブイリで果たせなかった思いや、
失敗を繰り返してはいけないのだと言う思いがはっきりとありました。

25年前、世界の放射線関係の精鋭たちがチェルノブイリに結集し、
治療と収束に尽力しました。
25年後、その精鋭たちは英知と名を変えて福島に結集したのです。

そこには、御用学者もいなければ、タレント学者もいません。
そこには、福島を救うために結集した、おじいちゃんとおばあちゃんたちがいました。

アルゼンチンからお越し頂いたゴンザレス氏は、
この会議の2週間前に2人の息子さんを亡くしたばかりでの来日です。
2日間に渡る1セクション1時間40分が6セクションの会議の最後、ゴンザレス氏は、
山下先生の横に座り「この会議が福島を救う始まりだ」と述べています。

私たちは、英知と名を変えた精鋭たちの教えを、きちっと聞かなければなりません。

「いったいどこへ避難しろと言うのですか」

山下先生は、最初から避難する事が精神医学上どれほど危険であるかを
知っていたのです。

今なら、私たちは、あの状況で避難してはいけなかったのだと聞こえます。

「放射線の影響は、実はニコニコ笑っている人には来ません。
くよくよしている人に来ます」

今なら、私たちは、放射線の怖さより、精神疾患の怖さなのだと聞こえます。

「福島という名前は世界中に知れ渡ります。福島、福島、福島、なんでも福島」

「これは凄いですよ。もう広島、長崎は負けた。
何もしないのに福島、有名になっちゃったぞ」

今後、福島県民の平均寿命が延びるだろうと言われています。
これは、癌検診率の向上に起因します。
癌の早期発見が死亡率を下げるのです。
広島、長崎の平均寿命が、原爆投下後延びたようにです。
福島県は、世界一長寿で有名な県になるのかも知れません。

今なら、私たちは、そう聞こえます。

私たちは、英知と名を変えた精鋭たちの教えを、きちっと聞かなければならないのです。
私たち福島県民を救ってくれる人たちなのですから。

強制避難を余儀なくされている皆様へ
AFTCでは早く戻って来られるよう住居等の準備へのアプローチを行っています。

自主避難している皆様へ
私たちの声が少しでも届くことを切に願うばかりです。
文責 AFTC副代表 半谷 輝己
※1 「放射線と健康 リスク−世界の英知を結集して福島を考える」
http://www.ustream.tv/recorded/17225582

※2 たむらステークホルダー諮問委員会(TSAC)の構築と
リエゾン精神医療の導入の試み
http://たむら.jp/stakeholder.html

※3Adames.RE,et. al. PsycholMed 32:143-156, 2002.
Bromet.EJ et. al. Environ Health Perspect110: 625-629, 2002.

追記

私の実家は福島第一原発からおよそ3qの所に位置しています。
震災直後は、兄夫婦、お袋、姪や甥の家族全員が
田村市の私の家に避難していました。
その直後の原発の事故後、今は全員ばらばらとなり、
新潟や埼玉で避難生活を送っています。
一日でも早く住み慣れた福島県に双葉町に戻れるように、
私が出来る精一杯の事を頑張っています。
私にいったい何が出来るのかを自問自答しながら、
そして最善の方法はいったい何なのかを追求しながら。
皆さんの力をお貸しください。
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